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| 2010.07.22 Thursday | - | - |
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![]() THE 読本 〜月彦の小説〜 00:45
連載5 桜のすべて
第一部 砧 悪の華 「躰の調子悪いの?」 蛯沢フロラは、カシスのシャーベットを食べながら訊いた。 「どうして?」 とな瀬がティ−カップを置いて、彼女を見る。 二人は銀座にあるパーラーにいた。 「ひどく顔色が悪いわ」 フロラは、尊と前妻の間にできた娘だった。 彼女の実母は七年前、急性硬膜下血腫によって逝去していたのである。 「・・・・そう?大丈夫よ」 二人は義理の親娘になるが、年齢はとな瀬の方が一歳上で、仲の良い友人のようだった。 だから、月に一、二度は食事をしたりして、会っていたのである。 フロラは今、実家を出て、東横線の学芸大学に部屋を借りている。 「それならいいんだけど・・・・」 フロラは、ローマ神話に登場する花と春と豊穣を司る女神のことである。 一説によると、ギリシャの妖精だったが、風神ゼピュロスによってイタリアに連れて来られ、以後花の女神になったらしい。 フロラは、触れた女が自然に子供を身籠もる魔法の花を与えるという。 父親の尊が名付けた。 「・・・・・」 いくら仲が良いとはいえ、とな瀬はウーマン・シェアのことなど言える訳がない。 「お父さんとうまく行ってる?」 フロラは、イヴァナ・オマジックの、白いシルクのシャンタン・スーツを着ていた。かちっとした男仕立てのようなジャケットであったが、スカートにはプリンセスラインがあって、上品で女らしさを表現している。 彼女は、赤坂見附にある洋酒メーカーの宣伝部に勤務している。 「・・・・ええ、まあ」 とな瀬は、砧公園で喧嘩して以来、尊とはまともに会話していなかった。 「ちょっと間があったわね」 「――そ、そんなことないわ」 「冗談よ、冗談」 「・・・・・」 その日のとな瀬は、生成に薄墨の矢絣柄の着物に、白地に古典的な手毬模様の夏物袋帯という装いだった。着物にはしゃり感があり、帯は涼しげで愛らしかった。 「冗談って言ってるじゃない」 「・・・・実はね」 「ええ?」 「実は・・・・」 とな瀬は思い切って、これまでの経緯をフロラに話すことにした。 脚本家の早坂暁氏の小説『華日記』(新潮社刊・絶版)によれば、池坊は花界ではまぎれもない指導的な流派である、と。いけばなは池坊に端を発し、五百年の歴史を持ち、華道そのものであるという。全国に小原流、草月流、未生流、古流、安達式と、数千という流派があるが、ことごとく池坊から発して独立したものであるらしい。 その小説のサブタイトルが『――昭和生け花戦国史』といい、戦後、池坊から独立した諸流派が門弟獲得のためにしのぎを削り、血みどろの戦いを繰り広げる様を描いた、いわゆる内幕もの(フィクション2割、ノンフィクション8割らしい)である。 氏が脚本家になる前に、業界誌の記者をしておられ、取材を通して得た人脈によって、描かれたそうである。 当時、戦後の復興とともに、世はまさに空前のいけばなブームになり、花を介してどろどろした人間模様が実名で語られている。 確実にいえることは、登場人物のすべてが花の美にとり憑かれ、花の美によって力を得、花の美に滅ぼされようとしているということである。 もっとも印象に残った言葉は、前衛華道家の重森三玲が、茶の湯は政治そのものである、と。茶道はその時々の権力者に付き従うように発展してきた。だが、いけばなは常に、為政者から少し離れた場所にあって、仏前の供花からはじまり、むしろ人間から逃避している世界のものである、と。 いけばなこそ、純粋な日本特有の美なのである。 「ふーん、そんなこと言ったんだ・・・・」 フロラはさして驚くでもなく、淡々と聞いていた。 「ええ」 困惑した表情で、とな瀬は答える。 「気にすることないんじゃないの。――ウーマン・シェアって、相変わらず大袈裟ね。香眞のおじさんが離婚して寂しそうだから、相手してやれってことじゃないのかなあ」 「・・・・そうかしら」 「そうよ。あまり深く考えないで、美味しいものでも、ごちになって来れば・・・・」 「・・・・・」 「あのへんは、たんまり持ってるから、豪勢なものをリクエストして、付き合ってやればいいのよ」 「・・・・でも」 「気にしない、気にしない」 「・・・・だけど」 「あなた、壮年男性にもてるのね。一度ご教示してもらいたいわ」 「よして頂戴、その言い方」 「ごめん、ごめん。でも、あなた、考えすぎよ。古いフランスの映画じゃないんだから・・・・」 「・・・・・」 とな瀬は、フロラのようにノー天気にはなれなかった。 つづく ※参考文献『華日記――昭和生け花戦国史』 早坂暁著(新潮社刊・絶版) JUGEMテーマ:読書
| 2008.06.13 Friday | - | comments(0) |
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